『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』架空のペルシャ語で強制収容所から生還した青年を描いた衝撃の人間ドラマ
ユダヤ人大虐殺(ホロコースト)が行われたナチス・ドイツの強制収容所。生存不可能ともいわれるこの場所で思いもよらぬ方法で生き残った男がいた。
それは、
「ナチスの将校に“架空のペルシャ語”レッスンを行うこと」
『Erfindung einer Sprache(直訳:言語の発明)』という短編小説に基づいて描かれた本作は、今までにない設定とリアリティの追及された描写によって話題を呼び、第70回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャルガラ部門で熱い注目を集め、世界各国の映画祭で数多くの賞を獲得した。監督は、『砂と霧の家』(2003)で第76回アカデミー賞®にノミネートされ世界的評価を受けたヴァディム・パールマン。『戦場のピアニスト』『シンドラーのリスト』といったホロコーストをテーマとした名作に匹敵する衝撃の人間ドラマが、ついに今秋日本に上陸する。
主人公のユダヤ人青年ジルは、殺戮を免れるために「自分はペルシャ人だ」と嘘をつき、その嘘を貫き通すために次々と“偽のペルシャ語”を創作していく。咄嗟に偽の言語を作っていく様はまさに見事というほかないが、常に緊張の糸が張り詰めており、ジルの生命力の強さがまざまざと伝わってくる。
そして、本作のもう一つの見所はナチス側も複雑性をもった人間として描かれていることだろう。ジルからレッスンを受けるコッホ大尉がペルシャ語を学ぼうとしたのは、終戦後にテヘランで料理店を開くためであった。また、コッホに委縮する部下の様子が描かれていたり、親衛隊の間での恋模様が描かれていたりと、従来の作品とは違った視点を取り入れた作品と言えるのかもしれない。
しかし、次の監督の言葉に全てが詰まっているだろう。
「愛情を受けたり、人を妬んだり、恐れを抱いたり――彼らもみな、人間的な性質を持っていた。そして、ある意味ではそれが、彼らの行動をより一層恐ろしいものにしているのです」
壮絶な日々の果てに辿り着く物語の驚愕の結末を目に焼き付け、記憶していくことが私たちにできる唯一のことかもしれない。
ヴァディム・パールマン監督インタビュー
──ストーリーは実話に基づいていたり、実話から着想を得たりしているのでしょうか?
ヴォルフガング・コールハーゼによって書かれた『Erfindung einer Sprache(原題)』という短編小説に基づいています。とはいえ、機転と鋭い思考で人々が助かったという、似通ったストーリーは何百もあります。私としては、『Persian Lessons(英題)』はそうしたものの集積と考えています。
実は、戦後数年が経ってから、ヴォルフガング・コールハーゼの友人が彼に似たような話をしたのです。ですが、似通った部分がいくつかあったというだけでした。コールハーゼの脚色では、まったく別の細部が使われています。二つのストーリーに共通するものはただ一つ、常軌を逸したストーリーということです。勇気、幸運、とっさの判断、それに助けてくれる人たちがいなければ、ドイツのファシスト党員やその支持者たちの執拗な追跡から逃れることはできなかったでしょうから。
──この映画でどれだけのリアリティを追及していましたか? また、それにあたりどのようなリサーチが必要だったのでしょうか。例えば、収容所をどう再現しましたか?
とてもリアルな映画にしたかった。だからこそ、かなりの広範なリサーチを行いました。一時収容所がどんな見た目だったか、そこに人々がどのくらいの期間収容されていたのか…など知るためです。ナッツヴァイラー・ストリュートフと呼ばれる強制収容所に着想を得ました。フランスとドイツの間、フランスの北東に位置する収容所です。様々な収容所から選んだほかの要素を継ぎあてしました。たとえば、映画に出てくる正門はブーヘンヴァルト収容所のものです。一時収容所の再現は、自分たちで見つけたいろいろな写真やビデオ映像をもとに行いました。できるだけ事実に即した、信憑性のあるものにしたかったのです。
──この映画の主要なテーマの一つが記憶ですね。特に、冒頭と終わりのシーンではそれが際立っていました。言語を記憶すること、そして言語が記憶において果たす役割。とりわけ、戦争終結前に非常に多くの痕跡が失われてしまっているため、この役割は大きいですね。このことについてお話しいただけますか?
その通り、この映画の最も主要なテーマの一つは、記憶であり、また人間の創造性です。人間の創造性と人間の強い精神が生存のために何ができるかということは、まったく驚きに値します。そのことは実際に脚本から感じられると思います。また、このストーリーの驚くべき結末は、ジルが囚人たちの名前を外国語の単語に変換したことで、彼らが不滅になるということです。戦時中、跡形もなく失われ、名前も知られない人たちがたくさんいました。すべての保存記録や収容所の一覧がナチスによって焼却されたからです。
──この映画では、複雑で気まずい関係性が描かれています。この関係は共通の利害に基づいていますが、時にそれよりも深いものになっていくように見えます。この関係性を通じて、何を伝えたかったのでしょうか?
そうですね、私たちは皆誰しも人間であるということを伝えたいと思います。皆誰しも愛することができ、憎しみによる恐ろしい行為はもちろん、道徳に反することを行うこともできる、ということです。絶対的な善や絶対的な悪というものは存在しません。物事はいつもその中間にあります。私はいつも、自分のキャラクターたちを別の角度から眺め、様々な陰影を見ようとします。コッホの辿る変化を見せたかったのです。彼はでっち上げのペルシャ語で意思疎通ができるようになります。ドイツ語では言えない、タブーを話せるようになるのです。ジルが「あなたは誰ですか?」と偽のペルシャ語で聞くと、コッホは「親衛隊大尉コッホ」ではなく「クラウス・コッホ」と答えます。この人物の成長、彼が人間らしさに目覚める過程、また彼が、この言語を通じてドイツ語では言葉できなかった自分自身の心の一部に気付き、それを表現できるようになることを描くのは面白かったです。
──映画に登場する全てのキャラクター、特にペルシャ語を習おうとしている将校に対して、所々で観客をうまく感情移入させられていますね。どうやってこれを可能にしたのでしょうか? また、これはあなたにとって重要なことでしたか?
もちろん、重要なことでした。それは私が自分の映画すべてでやろうとしていることです。私たちが共感を抱くに値するキャラクターを生み出したいのです。どうやってそれを可能にしてきたか? 私が思うに、人間味を持たせることによってです。ナチスをロボットや自動人形のように描く映画もあります。叫び、せわしなく、恐ろしく、邪悪で、皮相なキャラクターです。でも私は、彼らも人間であったということを、忘れてはならないと思うのです。愛情を受けたり、人を妬んだり、恐れを抱いたり――彼らもみな、人間的な性質を持っていた。そして、ある意味ではそれが、彼らの行動をより一層恐ろしいものにしているのです。
──第二次世界大戦について多くの映画が製作されてきました。なにか特定の映画や監督からインスピレーションを受けたりはしましたか? また、同じ時代についての他の映画から、本作をどのように際立たせたいと思いましたか?
いえ、特に他の映画や監督からひらめきを得たということはありませんでした。独特な脚本に仕上がった独特なストーリーで、他にはない映画にできたと思いたいですね。
監督プロフィール
1963年、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国(現ウクライナ)生まれ。幼少期に難民としてヨーロッパへ渡る。カナダの大学で映画科を専攻し、トロントで自身の制作会社を立ち上げ、CMやミュージック・ビデオの演出の仕事に従事。マイクロソフトやナイキをはじめとした大手企業のCMを手掛け、革新的なCMディレクターとして確固たる地位を築く。2003年にジェニファー・コネリーとベン・キングズレーを主演に迎えた『砂と霧の家』で映画監督デビューを飾り、アカデミー賞®主要3部門にノミネートされた他、自身もナショナル・ボード・オブ・レビュー新人監督賞受賞、インディペンデント・スピリット賞新人作品賞ノミネートなど高い評価を受ける。その他の監督作に、『ダイアナの選択』(2008)、『Buy Me バイ・ミー』(2018)など。
ストーリー
ナチス親衛隊に捕まったユダヤ人青年のジルは、処刑される寸前に、自分はペルシャ人だと嘘をついたことで一命を取り留める。彼は、終戦後にテヘランで料理店を開く夢をもつ収容所のコッホ大尉からペルシャ語を教えるよう命じられ、咄嗟に自ら創造したデタラメの単語を披露して信用を取りつける。こうして偽の<ペルシャ語レッスン>が始まるのだが、ジルは自身がユダヤ人であることを隠し通し、何とか生き延びることはできるのだろうか──。
予告編
公式サイト
11⽉11⽇(金) キノシネマほか全国順次公開
11月18日(金)よりアップリンク京都にて公開
監督:ヴァディム・パールマン
出演:ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、ラース・アイディンガー、ヨナス・ナイ、レオニー・ベネシュ
2020年/ロシア、ドイツ、ベラルーシ/ドイツ語、イタリア語、フランス語、英語/129分/カラー/シネスコ/5.1ch/原題:Persian Lessons
字幕翻訳:加藤尚子
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 ©