『桜色の風が咲く』視力・聴力を失いながらも世界で初めて盲ろう者の大学教授となった福島智の生い立ちを描いた物語
視力と聴力を次々と失いながらも、世界で初めて盲ろう者の大学教授となった、東京大学先端科学技術研究センターバリアフリー分野教授・福島智。本作は、智と母・令子の実話に基づく物語である。
また母・令子が、盲ろう者である智との日常の中から考案した、リアルタイムで言葉を伝える新しいコミュニケーションツール “指点字”。現在、多くの盲ろう者の対話の手段となり、希望を与え続けているこの“指点字”誕生のきっかけとなった物語でもある。
視力・聴力を共に失うことで、まるで宇宙に放り出されたような孤独を感じていた智。母がある日、智の指に、点字を打つように言葉を伝えると、それを機に再び、「僕は考えることができる。言葉がある。僕がこういう状態なったのは、こういう僕でないとできないことがあるからだ」と未来に希望を見出してゆく。
智を支える凛とした母・令子役には、12年ぶりに主演を務める小雪。智役には、『朝が来る』(2020)の気鋭の若手、田中偉登。監督を務めるのは、『まだ、人間』(2012)や『最後の命』(2014)、『パーフェクト・レボリューション』(2019)などで頭角を現し、監督のみならず、小説を上梓し、舞台を手がけ、プロデューサーも務めるなど、活動の幅を精力的に広げる、松本准平。
喪失や絶望、内的宇宙が、独自の幻想的な映像描写によって美しく描かれてゆく。映像と絡み合うように、そして孤独になった智の心にリフレインするかのように、映画の中でリフレインするいくつかの詩的なフレーズが印象的だ。日常の苦悩を吹き飛ばし、純粋な感動と生きる歓び、明日への活力で私たちの心を満たしてくれる貴重な映画である。
ストーリー
見えない。聞こえない。
でも僕は“考える”ことができる――。
母と息子が見出していく希望に満ちた未来。
教師の夫、三人の息子とともに関西の町で暮らす令子。
末っ子の智は幼少時に視力を失いながらも、家族の愛に包まれて天真爛漫に育つ。やがて令子の心配をよそに東京の盲学校で高校生活を謳歌。だが18歳のときに聴力も失う……。
暗闇と無音の宇宙空間に放り出されたような孤独にある息子に立ち上がるきっかけを与えたのは、令子が彼との日常から見出した、“指点字”という新たなコミュニケーションの“手段”だった。
勇気をもって困難を乗り越えていく母子の行く手には、希望に満ちた未来が広がっていく……。
松本准平 監督コメント
福島智さんとの出会いは、前作『パーフェクト・レボリューション』上映会の対談の場面でした。初めて接する盲ろうの方に戸惑いながらも、お話をするにつれ、類まれな感性と思索の力に圧倒されました。僕たちが「見る」ようには映画を「見て」はいないはずなのに、福島先生は映画をよく理解され、示唆に富む感想や質問をいくつもくださったのです。対談を終えて、目も見えない、耳も聞こえない、この福島智という人間に、とても興味を覚えました。
調べていくうちに、心を掻きむしられるように強く惹かれたのは、その壮絶ともいえる彼の半生です。何不自由のない健康な子供が、3歳で右目、9歳で左目、18歳で両耳、と次々とその機能を奪われていく。「奪われる」という表現がまさしく適当な、何の原因も因果もない理不尽な苦しみ。そして徐々に確実に視覚と聴覚を失っていく恐怖。その物語は、こういってもよければ、とてもエキサイティングであり、同時に非常に身につまされるものでした。
そして、その絶望とも言いうる状況の中で、ひときわ輝くのは、福島先生の母・令子さんの息子への献身でした。普通であれば全てを投げ出してしまってもおかしくないこの不条理に、令子さんは不屈の愛情で立ち向かっていくのです。そのお陰もあってか、智少年もユーモアや希望を失うことがないのです。立ちはだかるあらゆる困難にも関わらず、決して諦めずに闘い続ける二人の姿は、僕の心を強く揺さぶりました。そして「この母子の半生を映画として描いてみたい」という想いが沸々と湧き上がっていきました。
福島先生は後に、その著書や活動を通して、度々自らの半生を考察し、その苦しみに光を灯そうとされています。「絶望は苦しみから意味が剥奪されること」というヴィクトール・フランクルの言葉を引用し、「苦しみに意味が生じることが希望」と解釈します。そして、吉野弘の詩『生命(いのち)は』を引用し、「生命は/その中に欠如を抱き/それを他者から満たしてもらうのだ」と、苦しみは寧ろ人間存在の本質であり、苦しみによって人と人は繋がり得ると信じようとされていました。
前作でふとした縁から<障害>というテーマに取り組み、僕はより一層このテーマについて深めてみたいと思ってきました。それは映画制作を通じて、<障害>というものは、いわゆる「社会が分類する<障害者>に特有の何か」ではない、と考えていたからです。私たち誰もが、自分自身の欠陥や、人間関係における分かり合えなさ、または社会構造が孕む歪みや、人生そのものという<障害>に出会っており、そして各々がそれぞれの場面で<障害>と闘っているからです。福島智さんの物語は、そういった意味で現代に生きる多くの人々の心に触れるのではないかと強く感じていました。
映画はコロナ禍で一度の中断を挟んで撮影され、多くの障害に見舞われましたが、この度完成し、お届けできる日が来たことをとても嬉しく思います。そして今振り返りますと、この映画が教えてくれたことは、苦しみの意味だけではなく、特に智の母・令子のふるまいを通して感じとった、人生の光や愛についてであったことも、ここに記しておきたいと思います。この映画を撮れたことを心から感謝いたします。
松本准平
Jumpei Matsumoto
長崎県生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院建築学専攻修了。吉本総合芸能学院(NSC)東京校12期生。カトリックの家庭に生まれ、幼少期からキリスト教の影響を強く受ける。NPO法人を設立し映像製作を開始して以降、根源的かつ普遍的なテーマで個性的な作品を発表。2012年劇場デビュー作となる『まだ、人間』、2014年商業映画デビュー作として、世界的に注目を集める作家・中村文則の原作を映像化した『最後の命』を発表。NYチェルシー映画祭でグランプリ・ノミネーションと最優秀脚本賞をW受賞。2017年、身体障害とパーソナリティ障害の男女の恋愛を、実話を基に描いた『パーフェクト・レボリューション』を監督。第25回レインダンス国際映画祭正式出品。2019年には、初の小説『惑星たち』を上梓。21年には、舞台『エデン』を初めて作・演出。また、第40回香港国際映画祭(2016)、第76回ヴェネチア国際映画祭(2019)で審査員。ほかに、連続ドラマ「ふたりモノローグ」(2017)、TVアニメ「シャドウバース」(2020)「シャドウバースF」(2022)ではプロデューサーを務める。
『桜色の風が咲く』予告編
公式サイト
2022年11月4日(金) シネスイッチ銀座、ユーロスペース、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都、ほか全国ロードショー
Cast
小雪
田中偉登 吉沢悠 吉田美佳子 山崎竜太郎 札内幸太 井上肇 朝倉あき リリー・フランキー
製作総指揮・プロデューサー:結城崇史
監督:松本准平
脚本:横幕智裕
音楽:小瀬村晶
協力:福島令子 福島智
エンディング曲:辻井伸行「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 作品13 《悲愴》 II. ADAGIO CANTABILE」
製作:スローネ、キャラバンピクチャーズ 制作:THRONE INC./KARAVAN PICTURES PTE LTD
助成:文化庁文化芸術振興費補助金 ©THRONE / KARAVAN Pictures
製作国:日本/日本語/2022/ビスタ/5.1Ch/113分/英題:“A Mother’s Touch”
配給:ギャガ
文部科学省選定(青年・成人向き)