『パラレル・マザーズ』『ヒューマン・ボイス』現代女性に秘められたパワーを核とし、自由と奇抜な遊び心で包まれたアルモドバル監督の最新作

『パラレル・マザーズ』『ヒューマン・ボイス』現代女性に秘められたパワーを核とし、自由と奇抜な遊び心で包まれたアルモドバル監督の最新作

2022-11-04 17:52:00

『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥー・ハー』のペドロ・アルモドバル監督の待望の最新2作品がついに日本の劇場で同時公開される。『パラレル・マザーズ』はワールドプレミアとなったヴェネツィア国際映画祭の最優秀女優賞受賞、アカデミー賞®2 部門ノミネートをはじめ、既に 23 受賞 83 ノミネート(2022.7.11 時点)を果たしており、まさにアルモドバル監督の渾身の一作。一方、ジャン・コクトーの戯曲が原作である『ヒューマン・ボイス』もティルダ・スウィントンによる30分間の一人芝居で構成された短編となっており、こちらも見逃さずにはいられない。

『パラレル・マザーズ』の主な登場人物はフォトグラファーのジャニスと17歳のアナ。彼女たちの共通点は、同じ日に女の子を出産し母になったシングルマザーであるということ。ジャニスたちは、娘の取り違いが原因で壮絶な運命を辿ることになる。そして、『ヒューマン・ボイス』のティルダが演じるのは恋人に捨てられた女。男の帰りを待つ3日間で様々な感情を味わった彼女は、最後に元恋人からかかってきた電話を受けて“ある行動”に出る。

二つの物語の中心にあるのは「女性」の存在。さらに、どちらの作品においてもその女性は大きな「喪失」を経験する。愛する人や、愛する子どもを失うのだ。その苦しみは、恐らく周りの人間には理解できない程計り知れないものだろう。しかし、ペネロペの演じるジャニスも、ティルダの演じる女も、決してそうした厳しい現実に対して屈することはなかった。ジャン・コクトーの戯曲『人間の声』をアルモドバル監督が自由に翻案して作られた『ヒューマン・ボイス』のインタビューでも、ティルダの演じた役について監督は次のように語っている。

「彼女は、原作に登場する女性のように従順ではない。私たちの生きている時代を考慮したら、それはあり得ないのだ」

現代の女性に秘められたパワーを核とし、自由と奇抜な遊び心で包まれたアルモドバル監督の最新作をセットで劇場で観れば、今まさに欲している刺激が得られるのではないだろうか。

 

ペドロ・アルモドバル監督インタビュー


(左からイスラエル・エレハルデ、アルモドバル監督、ペネロペ・クルス『パラレル・マザーズ』)

『パラレル・マザーズ』

──キャスティング
 
ペネロペ・クルスのジャニス役は真の名演技だった。映画の大部分において、彼女のキャラクターは二重の意図を持って動く。彼女の全ての行動を決定するのは、内なる葛藤と恐怖だ。この葛藤を演じることはとても難しい。アナが彼女の新しい役割に完璧に適応し、セシリアにとってもジャニスにとっても愛すべき存在になった今では尚更だ。その変化は彼女の罪悪感を更に増幅する。アナのジャニスへの思慕は自然に二人の関係を恋人同士に変え、子供と共に彼女の理想の家族を形作る。アナはジャニスを愛し、ジャニスは彼女の愛を受け入れる。ジャニスもまた彼女なりにアナを愛している。ジャニスの中で、アナへの新しい感情は、彼女に真実を偽っていることの罪悪感や羞恥心と混ざり合う。

ジャニスの複雑さと意思の強さに私は魅了されている。執筆の道半ば、キャラクターが命を得ると、作家の手から離れて生き始める時がある。そういう時、書き手は公証人か触媒としてキャラクターの為に仕えるしかなくなる。それは脚本の妊娠期間の一部で、いつも第二稿か第三稿を書いている時に起き、私を支配する。執筆のプロセスにおけるこの部分はとても謎めいていて、とても説明が難しい。ジャニスを書いていて、それは起きた。彼女の置かれた状況は、私がこれまで書いてきたどのキャラクターよりも、困難なものだ。(『私が生きる肌』のエレナ・アナヤとは並ぶだろう)彼女の置かれた状況の特異さと秘密に満ちた暗さは、ペネロペ・クルスに実在するモデルを示すことをとても困難にした。彼女を演出するのは極めて慎重さを要するプロセスだった。私は彼女に、まるで催眠状態にあるように、彼女自身の意識を明け渡してもらう必要があった。滂沱の涙は抑制した。ペネロペはとてもエモーショナルだから、そうでなければ始まりから終わりまで泣き続けただろう。だが彼女は、耐えず感覚を研ぎ澄まし、涙を最適な分量の罪悪感と羞恥心で置き換える方法を知っていた。

キャスティングにはとても恵まれた。私はイスラエル・エレハルデとアイタナ・サンチェス=ギヨンの舞台での芝居に敬服していたし、彼らが役を自分のものにしていくスピードと正確さにはとても感心した。ミレナ・スミットに関しては『パラレル・マザーズ』における偉大な新発見だと思う。彼女にとって長編映画出演はこれで二作目だが、カメラの前で彼女がすることの全てには圧倒的な真実が宿っている。ジャニスという旋風のような役を生きるペネロペ・クルスを常に目の前にして芝居をして、食われずにいることはとても難しいことだ。だけどミレナは完璧な対照として、その純粋さ、無垢さでジャニスの闇を引き立たせた。私にはミレナの素晴らしい将来が見える。フリエタ・セラーノとロッシ・デ・パルマがキャスティングを完璧なものにした。彼女たちの出演時間は短いが、魅力に溢れている。 

──共同墓地

重要なテーマであるフランコ政権時代の共同墓地については、映画の終わりに僅かに触れる形で描いた。初稿ではもっと大きな位置を占めていたが、その要素が他の全てを吸収してしまった。他の要素と組み合わせるにはテーマとして強すぎたのだ。私がこの物語でそもそも描きたかったのは、ジャニスの苦悩であり、彼女とアナ、そして娘達の物語であり、ジャニスが生きる道徳的ジレンマだった。そのストーリーラインを主軸に通す為に、墓が掘り起こされるシーンはラストに配置することを決めた。そうだとしても、物語にその要素が存在することが、今日のスペイン社会における喫緊の問題についての認識を高める一助になることを願っている。 

『ヒューマン・ボイス』

原作であるコクトーの戯曲は、私にとって古くから馴染みがあり、これまでにも時折、私の他の作品にインスピレーションを与えてきた。『神経衰弱ぎりぎりの女たち』の脚本を書き始めたときに映画化も考えたが、結果的にできたものは、恋人からの電話が来ないというシナリオのとっぴな喜劇で、電話のモノローグを入れるような場所はなかった。その 1 年前には、『欲望の法則』 の一場面に入れた。その場面は、ある映画監督が、本作の脚色作品の1つで、出演している妹に演出を施すというものだった。その時に、主人公の神経があまりにもダメージを受けたために、自分を捨てた男と一緒に暮らしていた家を斧でめちゃくちゃにするという設定を思いついた。斧を使うというアイデアは、『欲望の法則』で思いつき、今回、登場させたというわけだ。

私は、コクトーの戯曲をできるだけ原作に忠実に脚色しようと再び机の前に座り、何十年かぶりに原作を読んだ。だが「忠実」ということ自体が私の性分ではないため、本作は、原作に「大まかに基づいている」という説明を加えている。確かにそうだからだ。女の苦悩や、欲望の法則の高い代償という本質は原作そのままにした(女には、たとえ命と引き換えても、その欲望の法則がもたらす高い代償を支払う覚悟がある)。また、主人を待ち焦がれる犬と、思い出の詰まったスーツケースも登場する。電話での会話、待っている間とその後に起こることなどそれ以外のものは、私自身の現代女性の理解に基づいて脚色した。スーツケースを取りに来るというだけの電話をするのにも何日もかけるような男を狂気に至るまで愛しているが、媚びるほど依存しきってはいないというような女性だ。彼女は、原作に登場する女性のように従順ではない。私たちの生きている時代を考慮したら、それはあり得ないのだ。

私は常にこの脚色を実験とみなしてきた。それは一つの思いつきであり、演劇においては「第四の壁」と呼ばれ、映画においては本物そっくりなセットの壁を支える木組みの裏側にあたる部分を、あらわにするというアイデアだ。この木組みは、いわばフィクショナルなものが持つ物質的なリアリティなのだ。

この女の現実は、痛みであり、孤独であり、生活の中で彼女を取り囲む闇である。私は、主人公の家が、映画撮影用のサウンドステージの中に組み立てられている物であると早い段階で示し、ティルダ・スウィントンの抜群の演技を通して、これらを全てあからさまで、胸を打ち、そして説得力のあるものにしようと努めた。また、映画的なものと舞台的なものの様子を混ぜ合わせた。例えば、彼女が恋人を待ちながらベランダに立って街を眺めている場面では、観客の目には、(スタジオの)壁しか見えず、その壁には他の撮影からの印がまだ残っている。スカイラインも、街の風景もないのだ。彼女の目に入るのは、ただ何もない殺伐とした闇の空間だけ。そうすることで、主人公の孤独感と彼女の暮らす闇を強調することができた。このように、撮影を行なったスタジオが、全ての演技の舞台となった。 

制作を開始する前に、すでに美学に関して多くのアイデアが浮かんでいたが、この作品はそもそも、言葉と 1 人の女優を中心に展開する。その言葉を私なりに脚色することは困難であったが、私の言葉に真実味と感情を持たせる優秀な女優が必要だった。(全てがより分かりやすく、自然主義的な)コクトーの作品に比べて、私の作品はより抽象的であったため、演じるのはより困難だった。それは、現実的な支えがほとんどない状態で、技巧で固められることで実現した。一貫性のあるのは女優の声のみで、観客が突然の衝撃を受けずに物語を追っていくための唯一の手引きとなる。今回ほど、真に才能のある女優を必要としたことはなかった。そして、私が夢見た特徴の全てを持った女優を見つけた。ティルダ・スウィントンだ。

本作の言語は英語で、私にとって初の英語作品である。撮影は実にのどかであったものの、英語の作品に再び挑戦する自信はない。ただ、ティルダ・スウィントンが母国語で演技をする作品を監督することは可能だと言うことは確信している。最初から最後まで彼女だけが演技をするこの短編映画は、彼女の才能の幅の広さを証明している。彼女の知性と意欲のおかげで、私の仕事ははるかにやりやすくなった。特に、彼女のとてつもない才能と、私に対する絶対的な信頼も、大きな役割を果たした。全ての映画監督がこのような気持ちになれることを夢見る。また、このような映画を制作できたこと自体が、成長の糧となる。

照明は、再びホセ・ルイス・アルカイネに任せた。彼は、スペイン映画界に残された最後の光の巨匠である。ビクトル・エリセ監督の傑作映画 『エル・スール』で活躍した伝説の撮影監督だ。多くの作品を一緒に手がけてきたアルカイネは、私の好みの彩度と鮮やかな色、そして私がテクニカラーに対して郷愁を抱いていることを、誰よりも理解しているのだ。また、フアン・ガッティがクレジットとポスターのデザインを担当。私の家族とも言える制作会社エル・デセオの仲間たちが、ティルダ・スウィントンと共に、全てを引っ張っていってくれた。私たちが楽しんだのと同じくらい、皆さんもこの映画を楽しんでくださることを期待する。

監督プロフィール

1949年9月25日生まれ、スペイン・ラ・マンチャ出身。小説、音楽、演劇などさまざまな分野の芸術活動を繰り広げ、独学で映画作りを学んだ。『セクシリア』(1982)、『バチ当たり修道院の最期』(1983)、『欲望の法則』(1987)、『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1987)、『ハイヒール』(1991)などで世界的に注目される。“女性賛歌3部作”の1作目にあたる『オール・アバウト・マイ・マザー』(1998)でアカデミー賞外国語映画賞、カンヌ国際映画祭監督賞など数多くの賞を獲得した。続く『トーク・トゥ・ハー』(2002)もアカデミー賞脚本賞に輝く。前作『ペイン・アンド・グローリー』(2019)は、カンヌ国際映画賞でワールドプレミアされ、アントニオ・バンデラスが主演男優賞を受賞、さらにアカデミー賞では 2 部門(国際長編映画賞・主演男優賞)にノミネートされるなど、各国から絶賛され高い評価を受ける。近年はプロデューサー業などで若い才能を見出している。『A Manual for Cleaning Woman(原題)』、『Strange Way Of Life(原題)』の撮影が控えている。

 

『パラレル・マザーズ』ストーリー

フォトグラファーのジャニスと 17 歳のアナは、出産を控えて入院した病院で出会う。共に予想外の妊娠で、シングルマザーになることを決意していた二人は、同じ日に女の子を出産し、再会を誓い合って退院する。だが、ジャニスはセシリアと名付けた娘と対面した元恋人から、「自分の子供とは思えない」と告げられる。そして、ジャニスが踏み切ったDNA テストによって、セシリアが実の子ではないことが判明する。アナの娘と取り違えられたのではないかと疑ったジャニスだったが、激しい葛藤の末、この秘密を封印し、アナとの連絡を絶つことを選ぶ。それから 1 年後、アナと偶然に再会したジャニスは、アナの娘が亡くなったことを知らされる──。 

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『ヒューマン・ボイス』ストーリー

1人の女が元恋人のスーツケースの横で、ただ時が過ぎるのを待っている。スーツケースを取りに来るはずが、結局姿を現さない。傍らには、主人に捨てられたことをまだ理解していない落ち着きのない犬がいる。女は待ち続けた3日間のうち、1度しか外出をしていない。その外出先で、斧と缶入りガソリンを買ってくる。女は無力感に苛まれ、絶望を味わい、理性を失う。様々な感情を体験したところで、やっと元恋人からの電話がかかってくるが……。

 

『パラレル・マザーズ』予告編

『ヒューマン・ボイス』予告編

 

公式サイト

11⽉3⽇(木・祝) ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ、新宿シネマカリテ、アップリンク京都ほか二作品同時公開

『パラレル・マザーズ』

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、イスラエル・エレハルデ、アイタナ・サンチェス=ギヨン、ロッシ・デ・パルマ、フリエタ・セラーノ 

2021年/スペイン・フランス/スペイン語/123分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/ドルビーデジタル/原題:MADRES PARALELAS/R15+

字幕翻訳:松浦美奈
配給・宣伝:キノフィルムズ
提供:木下グループ

© Remotamente Films AIE & El Deseo DASLU 

『ヒューマン・ボイス』

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
原作:ジャン・コクトー『人間の声』
出演:ティルダ・スウィントン、アグスティン・アルモドバル、ダッシュ(犬)

2020年/スペイン/英語/30分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/ドルビーデジタル/原題:THE HUMAN VOICE

字幕翻訳:松浦美奈
配給・宣伝:キノフィルムズ
提供:木下グループ

© El Deseo D.A. 

ティルダ・スウィントンの虜となったあなたに