レオス・カラックス流 夜の果てへの旅 “ダーク・ファンタジー・ロック・オペラ”『アネット』
2021年第74回カンヌ国際映画祭のオープニングを飾り、監督賞を受賞した本作。まるで誰かの夢の中に引きずり込まれるような。そんな蠱惑的な感覚を与えてくれるミュージカルとも舞台ともつかないこの映画。非凡な感性によって〈恐るべき子供たち〉の一人と称されるフランスの鬼才レオス・カラックス監督が『ホーリー・モーターズ』以来9年ぶりに贈る、長編最新作『アネット』だ。製作プロデューサーも務めた米俳優アダム・ドライバーと実力派仏女優のマリオン・コティヤールを主演に迎え、カラックスにとって初となる全編英語で挑んだこの音楽劇 “ダーク・ファンタジー・ロック・オペラ” 。
スタンダップ・コメディアン“ヘンリー”と国際的オペラ歌手“アン”の恋から物語は始まる。しかし蜜月は束の間、やがて2人の子供“アネット”を授かり、人生が狂い出す――。原案は、ポップ&ロックバンド「スパークス」が手掛けたストーリー仕立てのアルバム。これが、カラックスのビジュアルと見事な融合を果たし、真骨頂を見せている。自身が父親になってからの映画でもあり、実人生をそこはかとなく漂わせたストーリー、変わらぬ映像美、すべての歌がライブ録音というこだわりの画面に没入したい。
カンヌ国際映画祭公式記者会見
「撮影現場に行くのは、教会に行くのに似ていました」アダム・ドライバー
━━日本のジャーナリストです。この映画には日本を含む複数の国が登場しますが、共同製作について思うことをお話いただけますか?
レオス・カラックス:日本はとても特別な国です。私のキャリアの初期(二番目の作品)の頃から私を助けてくれた方がいました。そう、堀越謙三さんです。80年代からお付き合いのある友人で、僕が映画を製作するのを経済的にかなり助けてくれました。だから特に日本は特別な国ですね。資金の援助だけでなく、芸術的・技術的な面でもね。謙三さんは今では私たちの製作チームの一員であり、私たちにとって非常に重要な役割を担っています。
━━この映画はミュージカルではない、しかし音楽で埋め尽くされていますね。あなたにとっての音楽を、語っていただけますか?
レオス・カラックス:僕は三男として生まれたのだけど、僕の兄弟は作曲家とミュージシャンで、彼らは世界中を旅して回っていました。楽器を携えてね。僕も子供の頃に楽器をやってみたけど、音楽には愛想を尽かされたようなものだった。
でもその代わり、僕には映画があった。実際、僕は映画を組み上げることができたし、作曲家の魂が乗り移ってきたようにも感じていた。奇跡的だったのは、13、14歳の頃に観た映画から聴こえてきた音楽が、とても心地よく感じたこと。それ以来、僕は常に映画にとっての必要に応じて、音楽というものを考えているよ。
━━カラックス監督のもとでの撮影は、あなたにとってどのような経験でしたか?
マリオン・コティヤール:この映画の特異性はなにより音楽で、曲がライブ撮影されるということです。通常のミュージカル映画では、スタジオで歌ったものを録音し、再生しながら撮影しています。でも今回は違う。多くのアクションを歌いながらこなすことになります。
つまり、それぞれの体の動きによって曲が変わるということです。これがこの映画での難しさでした。横になったり、歩いたり、常に体を動かしながら歌うことになるわけですから。これはとても興味深い体験で、他のどんなミュージカル映画とも異なるものでした。
小さな事件、例えば、息を吸い込むタイミングがずれたり、予定されたとおりに歌えないこともありましたが、そうしたハプニングをどう活かすかといった課題を考えるのが面白かったですね。
━━有名になること、または有名な人が有名でなくなることがこの映画のテーマとなっていますが、役者として、有名でなくなることによって人生が損なわれることはあるのか、あなたはどうお考えですか?
マリオン・コティヤール:有名になりたいという欲求は登場人物だけでなく、私たちすべての人間にとってありますよね。家族、近しい人、友人から認められること。それによって、私たちは居場所を見出すことができますから。そういう意味でとても興味深い映画です。
私自身は、役者としてすでに広く認められる幸運に恵まれましたが、やはり私にとっても認められることは必要なんです。だからこれは私の人生にとって、とても大きな問題。
なぜ私たちは見られる、聞かれる、そしてこんなにも多くの人に愛される必要があるのか。知らない人からでさえも。そうした経験がどうやって自分自身への信頼を形作っていくのか。
そしてもしも自尊心が足りない場合、同時にその欲求はあなた自身を壊していくんですね。こんなにも多くの人があなたを愛していて、それが同時に鏡にもなっている。それによって何かがうまくいかない、理屈が通らない、そういう状況に入ってしまうことがある。
それが自分を損ないかねないのは、こうした目眩を起こすような落下を経験している有名人がたくさんいるからでもあるんです。
━━撮影現場について語ってもらえますか?
アダム・ドライバー:撮影現場に行くのは、教会に行くのに似ていました。ミスティカルで静謐で、それなりの努力が必要で。非常に要求が厳しいですから。監督はときに物理的に不可能な演技を要求してきました。
例えば、片方の手でピアノを弾きながらもう片方の手で自転車を漕いでとか。手を下ろさずにピアノを弾くなんて無茶ですよ!
でも、なんとかしようとはしました。このフランス人の監督を失望させたくなかったので。だって誰が彼を失望させたいと思います? そんな人いないですよね。
マリオン・コティヤール:実際、毎日のように困難に向き合っていました。タバコを吸いながら歌うとか、ホントに難しかったですね。イメージするのも難しい。それから、30cmもあるヒール靴を履いて狭い通路を足下も見ずに歌うとか。落ちて足の骨を折る怪我をするのが怖かったので、その時だけ、それはできないと言いましたけど。でも、毎日が驚きの連続で、同時にとても深い体験が続く日々でした。
『アネット』
4月1日公開 ユーロスペース渋谷、アップリンク吉祥寺
監督:レオス・カラックス
出演:アダム・ドライバー、マリオン・コティヤール
フランス・ドイツ・ベルギー・日本・メキシコ合作/140分
配給:ユーロスペース
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