17歳のトランスジェンダー、ヴァレンティナの痛みと希望の物語
自身もLGBTQである監督のカッシオ・ペレイラ・ドス・サントスとプロデューサーのエリカペレイラ・ドス・サントスがトランスジェンダーを映画のテーマとしたのは、彼らが社会においてもっと認識されるべきだという望みからであった。
保守的な社会の中で、特に極右政権が国を司る地球の裏側のブラジルで、カッシオはこの映画によって観客たちが繋がり、インクルージョンとリスペクトという今まさに必要な議論に貢献してほしいと思ったのだ。
二人は、『私はヴァレンティナ』は十代、そして若い世代のために作った映画であると言う。
ストーリー
ブラジルの小さな街に引っ越してきた17歳のヴァレンティナ。彼女は出生届の名であるラウルではなく、通称名で学校に通う手続きのため蒸発した父を探している。未だ恋を知らないゲイのジュリオ、未婚の母のアマンダなど新しい友人や新生活にも慣れてきたが、自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしていた。そんな中、参加した年越しパーティーで見知らぬ男性に襲われる事件が起きる。それをきっかけにSNSでのネットいじめや、匿名の脅迫、暴力沙汰など様々な危険が襲い掛かるのだった…。
インタビュー:カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督
━━キャスティングについてお聞かせください。
カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督:最も重要なことは、主人公を実際のトランスジェンダーの方に演じてもらうということでした。その人物を探すためソーシャルメディアに投稿をしました。ブラジル中のトランスの女性にビデオを送ってほしいとリクエストをしたのです。もしかすると、その中に演技経験のある人物がいるかも知れないし、全く演技経験がない人もいるだろうと。
今回主人公ヴァレンティナを演じたティエッサに出会ったのも、このビデオを通じてでした。ティエッサは既に自身のYouTubeチャンネルに数千人の登録者数をもつユーチューバーでしたが、演技の経験はありませんでした。彼女はとてもコミュニケーション能力に長けていて、今回の映画で彼女は素晴らしい女優となりました。
ヴァレンティナの友人といった劇中の他の人物たちは、ブラジル中部に位置するミナスジェライス州のウベルランジアにある地元の大学の学生たちなどです。その他、ヴァレンティナの母親役のグタ・ストレッサーや父親役のロムロ・ブラガたちはブラジルのTVなどで活躍するプロの俳優たちです。
━━製作の過程で難しい点はありましたか。
サントス監督:実はこの映画の撮影をしたのはエストレラ・ド・スル州にある小さな町で、果たして私たちを受け入れてもらえるだろうかという不安はありました。あれは2019年で、ボルソナロ政権最初の年、ブラジル全土が強い保守的な雰囲気に覆われた年でした。
最初にセットの準備で町を訪れた時、私たちはありのままこの映画はトランスの女性の物語だと伝えました。偏見に立ち向かう少女の物語だと。徐々に町の役人たちや住民たちはこの映画がシリアスなプロジェクトだと認識し始め、彼らは協力的になりました。
撮影中、映画のクルーや役者たちはとても尊重されました。他人を尊重する伝統をもつ小さな町で撮影できたことは、私たちを勇気づけてくれました。しかし、残念ながら映画がブラジルで公開された際、ネットでいくつかのトランス・フォビックなコメントを貰ったのも事実です。
━━劇中に出てくる情報で、ブラジルのトランスジェンダーの平均寿命が35歳ということに非常に驚きました。これは何か特別な理由があるのでしょうか。
サントス監督:残念ながらブラジルはトランスジェンダーに対する殺人率が高い国です。しかも世界の比率の3割がブラジルです。
『私はヴァレンティナ』の脚本を書くにあたり、私たちのスタッフが約50人のトランスジェンダーたちに日々の生活においての大変さについて聞き取りを行ったところ、全員が社会からの様々なタイプの攻撃によって苦しんでいる事実を知りました。まさに学校は社会の縮図と言え、その壁の中で偏見を再生産するのです。
トランスの生徒たちはクラスメートだけではなく学校のスタッフからも、数々の暴力に晒され苦しめられています。この学校での暴力と尊重の欠如は、トランスジェンダーの生徒たちが学校を去ることになる主な理由となっています。また、彼らの多くが自身の家庭において受け入れられていないという事実もあります。家族のサポートもなく、学校の履修書もなく、どんどん社会の隅に追いやられてゆくのです。
実際、ブラジルではたくさんのトランスジェンダーの女性が、自ら望んでではなく生き延びる手段として仕方がなくセックスワーカーとなっています。
━━ブラジルでは同性婚においては2013年から認められるなど先進的にも思えるのですが、トランスジェンダーにとっては厳しい環境なのでしょうか。
サントス監督:はい、確かにブラジルでは2013年に連邦法で同性婚が認められました。これはLGBTQコミュニティにとって大きな前進となりました。トランスのコミュニティが自分たちの権利のため闘っているという事実を知ることはとても良いことだと思います。
また最近大きな成果がありました。それは書類などで名前とジェンダーを変える権利が認められたのです。また2018年からは、ブラジルの学校ではトランスの子供たちは通名で登録するよう改正されたのです。
このような成果はトランスのコミュニティとその支持者たちが長い闘いによって得ることができたものです。しかしながら、まだまだブラジルのコミュニティは保守的であり、トランスのコミュニティが尊重されるためにはメンタル部分において大きな変化が必要とされます。
いずれにしろ最近の法律では、このようなコミュニティを保護しようとする動きはあるものの、人々のメンタル面ではまだ遅れており、残念ながらヘイトクライムはなくなっていません。
『私はヴァレンティナ』予告
4月1日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、4月8日よりアップリンク京都他で全国順次公開
監督・脚本:カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス
出演:ティエッサ・ウィンバック、グタ・ストレッサー、ロムロ・ブラガ、ロナルド・ボナフロ、
マリア・デ・マリア、ペドロ・ディニス
配給:ハーク 配給協力:イーチタイム 後援:ブラジル大使館
【2020年/ブラジル映画/ポルトガル語/95分/スコープサイズ/カラー】