『靴ひものロンド』秘密と嘘を抱えつつ歪な絆で結ばれた、夫と妻、親と子の愚かで愛おしい家族物語

『靴ひものロンド』秘密と嘘を抱えつつ歪な絆で結ばれた、夫と妻、親と子の愚かで愛おしい家族物語

2022-09-06 15:17:00

ホームパーティーに呼ばれた家族4人が他のみんなと一緒に輪になって「ジェンカ」を踊る、そんな幸せな映像から物語は始まる。しかしここから、この絵に描いたような幸せ家族は不気味な崩壊へとまっしぐらに突き進んでいく。

舞台は1980年代初頭、「結婚したら添い遂げるのが当たり前」という社会通念がまだまだ重くのしかかっていた。家を出て恋人と暮らしたい夫と、なんとか子供のためにと夫を引き留め家族の体裁を保とうとする妻。家庭崩壊ギリギリのところを行き来しつつ、真綿で首を締め合いながら続いてゆく夫婦関係。

時代の名残を背景に、他者の誰かと踏み込んだ関係を築こうとする時の難しさや複雑さ、愛情だけでは説明のつかない嘘と秘密と鬱屈によって歪められたヘンテコな絆のようなものが、現在と未来が入れ子になった独自のスタイルによって描かれてゆく。背景の軽やかなリズムの音楽が、愛憎渦巻く心の機微とすれ違う冷ややかなやりとりを一層際立たせているのが印象的だ。

監督を務めるのは『ローマ法王になる日まで』『我らの生活』で知られるイタリアの名匠ダニエーレ・ルケッティ。今回は監督だけでなく、脚本・編集も同時に担う。原作はイタリア人作家ドメニコ・スタルノーネの「靴ひも」。全米で絶賛され「ニューヨーク・タイムズ」の “2017年注目の本”に選出されている。

主演の夫婦には、共に受賞歴の豊富なイタリアの名優で、『日々と雲行き』(07)『ハングリー・ハーツ』(14)などで知られるアルバ・ロルヴァケルと、『ぼくの瞳の光』(01)『輝ける青春』(03)で知られ、監督作や長編小説を発表するなど多くの才能を併せ持つルイジ・ロ・カーショ。本作は第77回ヴェネチア国際映画祭オープニング作品に選出され、2021年ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞3部門にノミネートされた。

原題の"Lacci"とは、原語では結んだりつなぎとめたりする縄や紐やリボンを広く指し、転じて罠や絆といった意味が込められることもあるという。

夫と妻、親と子、その絆をめぐる秀逸な心理描写に心動かされ、思わず我を振り返って一瞬ゾッとしたり、ハッとしたり……リアルに胸に手を当てたくなる人は少なくないはず。映像の魔法によって、過去・現在・未来を行き来させ、人生のままならなさと複雑さをリズミカルに、スパイシーに、衝撃的に描いた、とびきり癖のある家族映画の傑作だ。

 

 

ストーリー

1980年初頭のナポリ。

ラジオ朗読のホストを務めるアルドと妻ヴァンダ、アンナとサンドロの二人の子供たちの平穏な暮らしは、夫の浮気で終わりを告げた。

家族の元を去り浮気相手と暮らすアルドは、定期的に子供たちに会いに来るがヴァンダはすべてが気にいらない。

次第にヴァンダの精神状態は不安定になり、その行動もエスカレートしていく。

衝突ばかりの両親の狭間でアンナとサンドロは母に寄り添うのだった。

混沌とした数年を経て、家族は些細なきっかけでふたたび共に暮らし始めるが……。

月日は流れ、冷え切った関係のまま老齢を迎えた夫婦は夏のバカンスへ。

1週間後に自宅へ戻ると家はひどく荒らされ、飼い猫は失踪していた――。

 

 

ダニエーレ・ルケッティ 監督コメント


私は、友人であり敬愛する作家のひとりであったドメニコ・スタルノーネの「靴ひも」が刊行されるとすぐに手に取りました。そしてこの本を読み終えた時、(わたしたちは)愛に支配された人生を受け入れ生きていくことはできるのか」という命題を見つけました。

この小説は、愛によって自分自身を見失ってしまうこと、そして愛に破れた時の代価について描いています。愛情は人々を結束させる唯一のものではない。それがたとえ薄れ失われたとしても、決してすべてが消え去ることはないのです。

愛が無くなれば、相手との関係を保つための努力―誠実であろうとするがゆえの試みから生まれてくる憤りや恥、屈辱といった感情から解放されます。 2つの世代にわたる30年の歳月の中で描かれているのは愛の結束というよりむしろ棘とでも表現すべき夫婦、親子の繋がり=紐で結ばれた家族の物語でした。

わたしが最も関心があるのは人間同士のつながりです。このテーマこそが、作品を撮りたいと感じるインスピレーション元であり最も情熱を注ぐ要素なのだと思います。社会や政治的文脈を背負ったもの、もしくは私的で限られた文脈に関わらず、人間関係を描くことで、単に “私たち”というだけでなく“現代に生きる私たち”を語ることができるはずです。

(原作の)登場人物たちは、それぞれが脆さ、頑固さといった弱さや過ちを通して各々の人間性をさらしながら、同時に深い寛容性と同情心を持ち合わせています。

 

Daniele Luchetti
ダニエーレ・ルケッティ (監督、脚本、編集)

1960年、ローマ生まれ。友人のナンニ・モレッティが監督した『僕のビアンカ』(83)にエキストラ出演後映画業界へ。長編デビュー作『イタリア不思議旅』(88)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀新人監督賞を受賞、第41回カンヌ映画祭「ある視点」部門ノミネートを果たす。『マイ・ブラザー』(07)で第60回カンヌ映画祭「ある視点」部門出品。続く『我らの生活』(10)では第63回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品し主演のエリオ・ジェルマーノに男優賞をもたらした。その他日本公開作品に教皇フランシスコの知られざる激動の半生を描いた『ローマ法王になる日まで』(17)、『ワン・モア・ライフ!』(19)など。世界でシリーズ累計550万部突破したイタリア人作家エレナ・フェッランテによる四部作のベストセラー小説「ナポリの物語」のドラマ化、HBO制作「MY BRILLIANT FRIEND(英題)」の演出も務めている。

 


『靴ひものロンド』予告編

 

公式サイト

 

2022年9月9日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク京都、ほか全国ロードショー

 

監督・脚本・編集:ダニエーレ・ルケッティ
原作:ドメニコ・スタルノーネ「靴ひも」(関口英子訳、新潮クレスト・ブックス刊)
出演:アルバ・ロルヴァケル、ルイジ・ロ・カーショ、ラウラ・モランテ、シルヴィオ・オルランド ほか

2020年/イタリア/イタリア語/100分/カラー/シネマスコープ/原題:Lacci 英題:The Ties/字幕:関口英子

配給:樂舎/G
後援:イタリア大使館/特別協力:イタリア文化会館

© Photo Gianni Fiorito /Design Benjamin Seznec/TROIKA © 2020 IBC Movie