パトリシオ・グスマン監督チリ三部作 大地の自然と「新自由主義」の実験の場となったチリを描く一大叙事詩!

パトリシオ・グスマン監督チリ三部作 大地の自然と「新自由主義」の実験の場となったチリを描く一大叙事詩!

2022-03-25 12:30:00

2021年12月、世界で最も若い35歳の大統領を選んだチリの過去と現在、そして変わらぬ自然を描く

チリは、映画で描かれたように選挙で選ばれた社会主義、アジェンデ政権が、CIAの支援を受けたピノチェト率いる軍部によるクーデター(1973年9月11日)に打倒され軍事独裁体制となった。ピノチェト政権は以降18年間続き、80年代にはアメリカの経済学者ミルトン・フリードマンが主張する、市場への政府の介入を極力抑え民間のビジネスに委ねる新自由主義(ネオリベラリズム)に特化した憲法を制定した。その結果、国民の経済格差は拡大。2019年に地下鉄の値上げに端を発した大規模デモが起きた。その後、新自由主義を廃した新憲法制定の是非を問う投票が行われ、結果改定派が多数を占めた。2021年の大統領選では、右派と左派の熾烈な選挙運動があったが12月29日に左派の35歳のガブリエル・ボリッチ下院議員が勝利し、世界で最も若い政治指導者となった。

グスマン監督の次回作は改革を訴えるチリの若者たち、特に女性に焦点を当てた作品で、2022年中頃に予定されている新憲法制定までを追う予定だという。タイトルは『私の思い描く国(仮)』だという。

 

『光のノスタルジア』は、標高が高く空気も乾燥しているため、天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まるチリ・アタカマ砂漠を舞台に描く。その砂漠は一方で、ピノチェト独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもある。生命の起源を求めて天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜して、砂漠を掘り返す女性たち…。永遠とも思われる天文学の時間と、独裁政権下で愛する者を失った遺族たちの止まってしまった時間。天の時間と地の時間が交差する。

『真珠のボタン』 全長4300キロに及ぶチリの長い国土は太平洋に臨んでいる。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。チリ、西パタゴニアの海底でボタンが発見された。-そのボタンはピノチェト政権により政治犯として殺された人々や、祖国と自由を奪われたパタゴニアの先住民の声を我々に伝える。火山や山脈、氷河など、チリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を、海の底のボタンがつまびらかにしていく。

『夢のアンデス』1973年9月11日、チリ・軍事クーデター。世界で初めて選挙によって選出されたサルバドール・アジェンデの社会主義政権を、米国CIAの支援のもと、アウグスト・ピノチェトの指揮する軍部が武力で覆した。ピノチェト政権は左派をねこそぎ投獄し、3000人を超える市民が虐殺された。

 

監督のパトリシオ・グスマンはアジェンデ政権とその崩壊に関するドキュメンタリー『チリの闘い』撮影後、政治犯として連行されるも、釈放。フィルムを守るため、パリに亡命した。「2度と祖国で暮らすことはない」と話すグスマンにとってアンデス山脈とは、永遠に失われた輝かしいチリ=グスマンの夢の象徴である。

 

ディレクターズ・ノート

2015年2月、私のドキュメンタリー映画『真珠のボタン』はベルリン映画祭で上映され、銀熊賞を受賞しました。数ヶ月後、チリでFIDOCS(22年前に私がサンティアゴで設立したドキュメンタリー映画祭)の一環として、『真珠のボタン』を上映しました。私はそこでの映画の受けとめられ方に、本当に驚きました。

私はその映画を擁護するために、長い議論のリストを事前に用意していました。ピノチェトのクーデターを扱った内容のため、私のドキュメンタリーが論争を巻き起こすことには慣れていたのです。本来、一般大衆は行方不明者や独裁政権によって殺され、拷問を受けた人々、政治犯についてなど聞きたくないものです。ですが今回は、映画の意図を正当化する必要などありませんでした。観客はこれまで以上に興味を持ってくれて、オープンでした。『真珠のボタン』はサンティアゴの映画館で非常に長い間上映され、何千人もの方々に見てもらえたのです。

その後まもなく、チリの教育省は大学、高校、中学で鑑賞するため、私の他の映画のコピーを取得までしたのです。“記憶がない”と思っていた私の国が、過去の記憶を調べ始めたのです。記憶喪失から抜け出し、自分の国に関するテキストの埃を払ったのです。私はまた、新世代が囚人や銃殺の犠牲者や亡命者の運命に強い興味を持っていることを知りました。

何十年間も続いた弾圧が今頃話題になっているということでしょうか?この事は私にとっては新鮮で、40年以上も私の作品を通じて探求してきた祖国と私との関係を変えました。実際、『光のノスタルジア』と『真珠のボタン』の後、10年前から取り掛かった3部作の最終話『夢のアンデス』の観点を変えることにさえなったのです。

 

このことは映画の意図を形にする上でとても助けになりました。この映画を通して相変わらず人間、宇宙そして自然、この三者の対立を描くことに変わりはありませんが、私の主題の中心であるこの巨大な山脈は、全てが失われたと思うとき、私にとっては不変のもの、私たちが残したもの、共に存在しているもののメタファー(隠喩)であったのです。コルディレラに飛び込むことで、私は自分の記憶にダイブします。険しい山頂を入念に調べ、深い谷に踏み込む時、おそらく私は、私のチリの魂の秘密を部分的に垣間見る内省的な旅を始めるのです。

 

『光のノスタルジア』『真珠のボタン』予告編

 

『夢のアンデス』予告編