11月16日に実施されたチリ大統領選挙の第1ラウンドでは、与党左派連合のジャネット・ハラ候補が26.8%で首位に立った。しかし、極右のホセ・アントニオ・カスト候補が僅差の23.9%で続き、その他の右派候補の得票を合計すると50%を超える。主要右派勢力の支持がカスト氏に集約される見込みから、12月14日の決選投票では右派勝利が濃厚という見方が強い。
今回の選挙を特徴づけたのは、投票率の異例の高さだ。El Paísは、投票率が 約85% に達したと報じており、これは2022年に再導入された義務投票制(自動登録+不投票には罰金)の影響が大きいとされる。近年の治安悪化や移民流入、物価上昇などが政治的危機感を高め、有権者の動員をさらに後押しした。
チリは2019年の大規模抗議運動以降、憲法改正案が二度否決されるなど政治的混乱が続き、今回の選挙はその延長に位置づけられている。左派の改革路線を継承したいハラ候補と、治安と秩序を掲げるカスト候補。国の未来を大きく方向づける「分断の決戦」が迫っている。
こうしたチリ政治の揺れを理解する上で、日本で相次ぎ公開される二つのドキュメンタリーが示唆に富む。
11月14日に公開されたパトリシオ・グスマン監督『最初の年』は、1970年に選挙によって誕生した初の社会主義政権であるサルバドール・アジェンデ政権の“最初の一年”を記録した作品。若きグスマンが全国を巡り、土地改革に動くマプチェ先住民族や、国有化された鉱山で働く労働者、市民の声を丹念に捉えていく。改革への期待と同時に、保守層の反発や不穏な空気も映し出し、その後のクーデター前夜の緊張を伝えている。
さらに、11月21日からは同じグスマン監督による歴史的三部作『チリの闘い』が公開される。アジェンデ勝利から1973年の軍事クーデターに至る3年間を記録したシリーズで、議会、労働者組織、街頭、そして空爆下の大統領府までカメラを向けた政治ドキュメンタリーの金字塔とされる。
50年前、左派政権の誕生と崩壊を経験したチリは、いま再び大きな岐路に立っている。
『最初の年』と『チリの闘い』が記録した“歴史の分岐点”は、右派勝利が濃厚視される現在の政治情勢と驚くほど共鳴する。
義務投票によって国民の意思が大きく可視化された今回の選挙を前に、これら二つの映画は、チリ民主主義の連続性と断絶を考える重要な手がかりとなりそうだ。